差し伸べられた不器用な手
最悪、最悪、最悪。
四方八方を囲む生い茂った木々に、何度も同じ言葉を繰り返す。
まだ明るい時間のはずなのに、視界に入るのは頭上を覆う幾重にも重なった葉によって夜の様に暗い森。
剥き出しの肌にはどこか澱んだ感じのする空気が纏わり付いていて、さっきから身体中に鳥肌が立ち続けている。
――なんで私がこんな目に。
鉛のように重く感じる足を進めながら、恐怖で麻痺する寸前の頭でこうなった原因であるポケモン馬鹿のお子ちゃまの顔を思い起こす。
いつも通りきっかけは些細なことで、そしていつも通り売り言葉に買い言葉で言い争いになり、
『お前なんか、出涸らしのくせに!』
久しぶりに言われたその言葉は自分でも驚くほど深く心に突き刺さった。
「……誰が出涸らしよ」
ちくりと胸に走った痛みを掻き消すように、言葉を吐き出し唇を噛む。
覚えてるのは、熱かったこと。
何か言い返そうと息を吸い込んだ喉が、アイツを睨みつけた目が熱くて。
そんな私に慌て始めたアイツに体中が熱くなって。
「あんたなんか、お子ちゃまのくせに」
さっきは怒鳴った言葉を抑揚のない声で呟き、少し前まで熱を持っていた右手の掌に視線を落とす。
「……誰がお子ちゃまだよ」
不意に背後から聞こえてきた不機嫌な声に勢いよく振り返り、大きく肩を上下させる汗だくのサトシに目を見開く。
「な、え、サトシ!?何で!?」
「タケシが探してこいって言ったんだよ」
驚く私にサトシはぶっきらぼうにそう言うと横を向いた。
探しに来てくれたことに対する有り難さと先刻の喧嘩に対する気まずさを同時に感じて、自然と足元に視線を落とし、
「……さっきは、悪かった」
気まずそうな小さな声に顔を上げると、サトシの顔は赤くなっていた。
「……サトシ?」
「っ、ほら行くぞ!!」
顔の赤さをはぐらかすためかサトシは私の声を遮って、強い口調でそう言うと右手を私に向けて差し出した。
その手を暫く見ていると、サトシは不機嫌な声で早くしろと催促する。
そんなサトシに少し不機嫌な声で返事をして自分の手を重ねると、サトシは強い力で私の手を握った。