エース誕生日
もうすぐ今日が終わる。
テラスに一人、夜空で煌々と輝く月を見上げながら、エースは考える。
あと数分で今日が――自分の生まれた日が昨日になる。
さきほどまで0組の教室で誕生パーティーが行われ、プレゼントと祝福の言葉をたくさん送られた。
その時の賑やかで楽しかった時間を思い出しながらも、エースの表情はどこか浮かない。
(……デュース)
一昨日から実践演習に行っているデュース。
『誕生日パーティーまでには、必ず帰ってきますからね』
出かけ際にそう言っていた笑顔の彼女を思い出し、エースは手すりを掴む手に力を込める。
0組全員が、それにマザーやクラサメまで自分を祝ってくれた会は、口にするのは照れくさかったけど本当に嬉しかった。
だけど心の奥底はデュースがいないためにどこか空虚で。
「……デュース」
絞り出すように音にした愛しい彼女の名前は、エース以外の誰にも聞かれることなく夜の空気に溶け、
「エースさんっ!!」
背中にぶつかった、自分の名前を呼ぶ声。
愛しい人の声。
ばっと後ろを振り返ったエースの目の先には、息を乱したデュースがいた。
「デュース……なのか?」
目を見開いて、エースは信じられないといった様子で問いかける。
対して、エースのすぐ近くまでやってきたデュースはこくりと頷く。
そして呼吸を整えながら、ふわりと笑い、
「エースさん、お誕生日おめでとうございます」
その言葉にエースは息を止める。
今日、飽きるほどに聞いた祝福の言葉。
だけど、今日送られたどの言葉よりも、デュースに言ってもらえたことが信じられないほどに嬉しくて。
すぅっと胸の中に染み込んできた温かさに、エースは止めていた息を吐き出す。
そしてデュースの目を真っ直ぐに見つめて、優しさに満ちた笑みを浮かべた。
「ありがとう、デュース」
「いえ、私こそ遅くなってしまってすみませんでした」
そう言って頭を下げるデュースに、エースは慌てて手を伸ばそうとして、
「デュース、それは?」
デュースの髪に結ばれた赤いリボンに、首を傾げる。
「あ、これは・・・」
ぱっと顔を上げたデュースの顔はどこか赤い。
不思議そうに見てくるエースの視線にデュースは「えっと、その」と言いながら視線を泳がせる。
「実は私、エースさんへのプレゼントを用意してなくて……」
プレゼントなんて、別に良いのに。
目の前のデュースを見ながら、エースは強くそう思う。
エースにしてみれば、デュースが傍にいてくれただけでもう十分だった。
「ここに来る前に0組に行って、そこでそう言ったらケイトさんとシンクさん、それにレムさんがこれを結んでくれて、それで……」
そこまで言ってもごもごと口ごもり、しかし意を決したように口を開く。
「わ、わ、私がプレゼントです!!!!」
耳まで真っ赤にしたデュースが言ったことを、エースが理解するまで数秒を要した。
そして理解した瞬間、エースはデュース同様に赤面した。
月明かりに照らされた真っ赤な二人の間に、夜の静寂が流れる。
しかしそれも束の間。
一歩、デュースとの距離を縮めて、エースは細い手首を力を込めすぎないように握る。
軽く引っ張れば、デュースの体はすっぽりと腕の中に収まった。
肩口に顔を寄せて、息を吸い込めば甘い香りが胸の中を満たす。
「デュース」
「は、はい」
少し上擦った声にエースは声には出さずに笑って、こつんと額と額を合わせる。
「愛してる」
囁くように告げられた愛の言葉に、デュースは目を見開く。
「愛してるよ、デュース」
さっきよりも愛情を込めて、繰り返し告げる。
そんなエースに、デュースは目尻に薄く涙を浮かべて言う。
「私も、大好きです」
ぎゅっと抱きしめ返してきたデュースを、エースは大切に抱きしめる。
壊れないように力を加減して、だけど放さないように強く。
もうすぐ今日が終わる。
だけど、もう少しだけ。あと少しだけ。
デュースを抱きしめながらエースは願う。
その願いを叶えるように、夜はただただ静かに、二人を温かく包んでいた。