まよえる子羊いっぴき
「ショーダウンッ!!!」
作戦の合間、ひとときの平和な時間を送っていた魔導院にそんな声が響き渡った。
それぞれの自由時間を過ごしていた候補生達は声がした場所を探し、テラスが普段とは明らかに様子が違うことに気づく。
そこからは宙へと一筋の光線が伸びていてた。
院内でざわめきが広がる中、光線が消えたテラスには沈黙が落ちて続けていた。
その中心にいるのは、朱のマントを揺らす一人の少年──エース。
「……な、なにすんだよっ!!?」
いつまでも続くと思われた静寂を破ったのは、そんな震えた声。
声の主はベンチから転げ落ちた格好の一人の男子候補生で、そこはエースが放った光線が向けられていた場所だった。
「今の当たってたらどうするんだよ!?」
突然自分に迫ってきた生命を脅かす光線を思い出し、顔面を蒼白にしつつも候補生はエースに向けて語気を荒くして怒鳴る。
しかし対するエースは手中のカードを消しながら、平然と候補生を見返した。
「むしろ狙ったんだけどな」
「……は?」
「おい、お前」
エースが口にした、静かでありながら殺意の込められた言葉を、候補生はすぐには理解できなかった。
そんな候補生に向けて、エースは更に彼を困惑させる言葉を言い放つ。
「デュースに手を出したら、ファントマ抜いてやるからな」
*****
「エース!あなた、また候補生に危害を加えたんですって!?」
所変わって、0組の教室。
教室へと入ってきたクイーンは、真っ直ぐに自分の席に座るエースの元へ来るとそう言った。
眉をつり上げたクイーンにエースは読んでいた本から顔を上げ、一言。
「そうだけど、なにか問題があるか?」
「大ありです!!院内で魔法を使ってはならないと言ったでしょう!」
「いや、今回はブリザガじゃなくてキャノンレーザーを」
「同じです!!!」
言葉を遮られたエースはむっとするが、クイーンの視線にしぶしぶといった様子で口を閉じる。
「どうしたんだ?」
そこに声をかけたのは、教室が騒がしいと思って裏庭から戻ってきたセブン。
「またエースが他の候補生に危害を加えたんですよ!」
「エースが?一体どうして?」
クイーンの言葉にセブンは首を傾げ、エースに視線を投げ、
「あいつもデュースに付きまとっていたんだ」
返ってきた言葉にクイーンと二人、目を見開いた。
「……え、デュースに?」
「ああ。この前の作戦の後から何かと付きまとってる。だから」
「だから、攻撃したということですか?」
「そうだ」
あっさりと肯定の意を表したエースに、クイーンの頭の中では疑問符が渦巻く。
一方、セブンは暫く考える素振りを見せた後、慎重に言葉を選びつつ口を開く。
「付きまとうって……その候補生がデュースに好意を寄せているってことか?」
「……多分、そうだと思う」
その言葉に、エースは歯切れ悪く返答をする。
「デュースに好意……それで何故エースが攻撃を?」
そう疑問を口にしたのはクイーンで、同じことを頭に浮かべていたセブンは無言でエースを見る。
「何でって、二人はデュースが知らない奴に絡まれてて何も思わないのか?」
しかし、エースが返したのは答えではなく疑問。
その質問にクイーンとセブンは目を合わせ、
「何とも思わなくはありませんが……それはデュースの問題ですよね?それなら私達が手を出す必要はないと思います」
「クイーンに同意だな。別にそいつがデュースが嫌がるようなことをしていないなら、問題ないだろう」
それぞれが口にした、自分とは異なる考えにエースは目を丸くする。
「なんでだ?だって、デュースだぞ?」
「デュースだから、なんだ?確かにデュースは控えめなところもあるが、嫌なことも嫌と言えないほどじゃないだろう?」
「寧ろ、嫌だと感じたなら無視でもしますよ」
「ああ、やりそうだな」
「だけどっ!」
自分を置いて話を進ませる二人を見て、エースが声を上げる。
「だけど、デュースは家族で、末っ子で、……僕、達が守ってやらないとっ」
「エース」
静かな声で名前を呼ばれ、エースが揺れる瞳でセブンを見る。
「エースが言うように、私もデュースは守りたいと思うよ。私達は同じ候補生でデュースの力を信頼していないわけではないが、やはり一番年下だし、あの雰囲気からも他の奴らよりは守ってやらないといけないって気にはなる」
「それなら……」
「だけど、今回は違う。ここは戦場じゃないし、人付き合いや恋愛はデュースの自由だ。おそらく、今回の件でお前と同じような介入をする奴は0組にはいないだろうな」
セブンが並べる言葉に何か言い返そうとするも、頭の中では何も言葉がまとまらない。
そんなエースに、セブンは告げる。
「お前がデュースを守りたいと思うのは、デュースを家族と思っているからなのか?」
そう問われても、エースはセブンの問いかけに答えることが出来なかった。
エースの瞳から自分の問いかけの意味を理解していないことを読み取りながらも、セブンは言葉を続ける。
「……もし、デュースのことを家族や妹と思っているなら、もう今回みたいな介入はするな。デュースにとっても良くないと私は思う」
そう言って、セブンはエースから目を逸らす。
そして、困ったように自分とエースを見比べていたクイーンを連れて教室を出て行った。
教室に一人残されたエースは、頭の中で繰り返される問いかけに掌を握りしめる。
そして、脳裏に鮮明に浮かんだ、デュースが自分の知らない候補生を相手に微笑む光景に奥歯を噛み締める。
初めてその光景を目にした時、嫌だと思った。
デュースの笑顔が、知らない誰かに向けられることが。
デュースの隣に、自分以外の誰かがいることが。
そして、いつの日かデュースが自分の傍からいなくなってしまうかもしれないと思い、酷く動揺した。
その嫌悪感は、動揺は、幼い日から共に過ごしたデュースという存在が自分の世界から欠けることに堪えられなかったからで。
その気持ちは家族愛から起こるものであり、同じように自分以外の誰もが抱くのだと思っていた。
しかし、現実には違った。
デュースに対する守りたい、守らなければという気持ちは自分だけが抱いていたものだった。
では、胸の中で渦巻く感情は一体どこからおこっているのか。
家族愛でないなら、一体────。
デュースの笑顔をずっと見ていたい。
平和になった世界で、いつまでもその隣で生きていたい。
いつからか当たり前のように思ってきた願いは果たして。
「僕は、デュースを────」
その続きは言葉にならず、脳裏のデュースの微笑みを閉じ込めるように、きつく目を瞑った。