声を聞かせて
サトシがマサラに帰ってきた。
そのニュースが私のところに届いたのは、サトシが新たな地方へと旅立ってから一週間が経った頃だった。
「一言も無しですかってのよね」
ばりっと煎餅を囓り、音を立てて噛み砕く。
「そんなに怒るなよ」
諫めるような声に正面に座ったシゲルを睨み見る。
そうすればシゲルはやれやれといった感じに笑って珈琲を飲んだ。それが神経に障って、自棄気味に残りの煎餅を口へと放り込む。
「っげほ」
「大丈夫?」
「うるさい」
咽せた私を気遣うシゲルに短く言い返す。そして後悔。だけど今の私には、腹の中で渦巻く苛立ちと胸を締め付ける哀しみを抑える余裕がなかった。
机についた腕に顎をのせ、シゲルと視線を合わせないように横を向く。
「やっぱり怒ってるんだろ?」
「当たり前よ。っていうか、もういいわその話は。こんな薄情な奴なんてもう知らないし」
吐き出した言葉に、シゲルが笑う。
「その割に、随分と哀しい顔をしているね」
丸くした視線の先で、シゲルが言う。
「何言ってるの」
そう返そうとした声は、喉の奥に引っかかって音にならない。
ただ喉と目頭が熱くなって、慌てて顔を俯けた。
だんだん潤んでいく視界にぎゅっと目を瞑った時、
「!」
ぽん、と頭に載せられた手。
シゲルは、驚きに体を強張らせた私を気にすることなくゆっくりと頭を撫でた。
その手つきがあまりにも優しくて温かかったから、私の涙腺は一気に崩壊した。
だって、本当にショックだった。
帰郷も出立の連絡もくれなかったことが。サトシの中の、私という存在の小ささを思い知らされて。
ぐずぐずと泣き続ける中、いくらサトシの声を聞きたいと願っても、電話の呼び出し音が鳴ることは無かった。
頭の奥で、私の名前を呼ぶあの日の君の声が響く。
けれどその声が本当に君の声なのかなんて、もう私には分からないの。