人込みの中に
数メートル先で、泣きじゃくるハルちゃんにツナ君が言葉をかけている。
「ハル、泣くなって。別に永遠の別れってわけじゃないんだから」
そう言って笑ったツナ君にハルちゃんもやっと落ち着いたらしく、口を挟んできた獄寺君に言葉を返した。
口喧嘩を始めた二人を微笑ましい気持ちで見ていると自然に口元が緩み、
「!」
突然、こっちを見たツナ君と目が合った。
その瞬間、周りの全ての雑踏が聞こえなくなって痛いくらいの静寂が満ちた。
視線はツナ君から1ミリも動かせない。
瞬きさえもできなくて、喉が異常な渇きを訴え始めた時。
『イタリア行きの飛行機にご搭乗になりますお客様へお知らせいたします──』
静寂を打ち破ったアナウンス。
それを合図に再び耳は周りの音を拾い始め、無理矢理に視線をツナ君から違う方向へと引き離した。
視線が交わったのはきっと数秒のこと。
けれど私にとっては数分、数時間にも感じられた。
全力で走った後のように凄い勢いで鼓動する心臓を落ち着かせるために息を吸い、
「京子ちゃん」
鼓膜を震わせた自分の名前を呼ぶ声に、途中で止まった。
ゆっくりと顔を上げれば、目の前にツナ君がいた。
「京子ちゃん、……今までありがとう」
そう言って柔らかく笑うものだから、喉元まで上がってきた何かが詰まって、ただ一度頷くしか出来なかった。
それじゃあと言って、ツナ君が背を向ける。
獄寺君、山本君と共に歩き出す。
一歩、また一歩と少しずつ離れていく。
その背中に言いたいことがあるはずなのに口は開かず。
その手を放したくないはずなのに体は動かなかった。
人並みの向こうへ消えていく君に伝えられなかった言葉。
たった二文字の、甘く切ない想い。